「ちょっと掻いてるだけ」に見えても、犬にとっては一日中つづく不快感かもしれない。
犬が体を掻いていると、「かゆいんだな」と思います。
でも、私たちには「ちょっとかゆい」のか「ずっと気になるほどかゆい」のか、その違いまでは分かりません。
犬は「かゆい」と言葉で伝えることができないからです。
では、犬にとって「かゆい」という感覚は、毎日の生活にどれくらい影響するのでしょうか。
皮膚の赤みや傷だけではなく、犬自身の生活の質という視点から、かゆみについて考えてみました。
「どれくらい掻いたか」だけでは分からない
犬のかゆみは、獣医学では「pruritus(そう痒)」として評価されています。
研究では、飼い主が犬のかゆみの程度を評価する尺度が開発され、検証されています。
2007年の研究では、116人の飼い主に複数の方法で犬のかゆみを評価してもらい、その結果をもとに新しい評価尺度が作られました。その尺度を別の166人の飼い主で検証したところ、98%が「使いやすく、犬のかゆみを適切に評価できる」と回答しています。また、44頭では2人の飼い主による評価にも高い一致がみられました。(※犬自身の感覚を直接測っているわけではない)
さらに713人の飼い主を対象にした研究では、皮膚疾患のある408頭の犬について、かゆみの評価が0~10の範囲全体に分布しました。治療によって、かゆみスコアの中央値が4.4ポイント低下したことも報告されています。
つまり、「犬がどれくらいかゆいのか」は、飼い主の観察を使って、ある程度定量的に評価することができるのです。
ただし、ここで大事なのは、
かゆみの強さと、犬が受けている負担は同じものではない
ということです。
かゆみは、犬の「暮らし」に影響する
犬の皮膚疾患と生活の質(QOL)の関係を調べた研究があります。
Noliらは、重度の皮膚疾患を持つ犬の飼い主への聞き取りを行い、犬と飼い主の生活のどの部分が影響を受けているのかを整理。その結果をもとに、犬のQOLを評価する15項目の質問票を開発しました。
その質問票を、アトピー性皮膚炎の犬41頭と健康な犬40頭に用いたところ、両群のQOLには明確な差がありました。
さらに興味深いのは、犬のQOLと「かゆみ」の関係です。
QOLとの相関は、皮膚病変の重症度を表すCADESI-03よりも、かゆみのスコアのほうが高くなりました。
これは、
「皮膚がどれくらい赤いか」だけでは、犬がどれくらい困っているのかは分からない
ということを示しています。
皮膚に見える変化と、犬自身が感じている負担は、必ずしも同じではないのです。
「掻く」は、かゆみの一部分かもしれない
ここで、もうひとつ見ておきたい研究があります。
犬の首輪に加速度センサーをつけて、かゆみに関連する行動を客観的に測定した研究です。
対象となった犬では、
- 掻く
- 頭を振る
- 睡眠の質
が継続的に測定されました。
そして、獣医師が評価したかゆみの臨床所見には、掻くこと、頭を振ること、睡眠の質が関連していました。
また、飼い主が評価した犬のQOLには、掻くことと頭を振ることが関連していました。
つまり、犬のかゆみを考えるとき、
「何回掻いた?」
だけではなく、
「眠れている?」
という視点も重要なのかもしれません。
この研究では、かゆみのある犬の睡眠の質を0~100で評価しており、研究期間中に掻く時間が減るのとともに、睡眠の質も改善していました。
かゆみがあると、掻く行動が増える。
そして、犬のかゆみに関連する行動を測定した小規模研究では、掻くことや頭を振ること、睡眠の質が、獣医師によるかゆみの評価と関連していました。
もしかすると、「どれくらい掻くか」だけでなく、「ちゃんと眠れているか」も、かゆみの負担を見る手がかりになるのかもしれません。
こうしたかゆみや、それに伴う行動・睡眠の変化が、犬の一日の過ごし方に影響している可能性があります。
では、「ストレス」はどうなのか?
ここは、少し慎重に考える必要があります。
「かゆい=ストレス」と単純に言い切ることはできません。
けれど、慢性的な皮膚疾患とかゆみと、ストレスに関連する生理的指標との関係を調べた研究もあります。
2023年の研究では、アトピー性皮膚炎の犬10頭を治療前から56日目まで追跡し、かゆみ、皮膚病変、QOL、毛中コルチゾールを測定しました。
治療後、かゆみスコアは有意に低下し、犬のQOLも改善しました。また、毛中コルチゾール濃度も測定時点によって有意に低下しました。研究者らは、毛中コルチゾールがアトピー性皮膚炎の犬におけるストレスの指標となる可能性を示しています。
ただし、この研究は10頭という小規模な研究です。
だから、
「かゆみがある犬は必ず強いストレス状態にある」
とまでは言えません。
それでも、かゆみがQOLに影響し、さらにストレス関連の生理指標との関係も研究されている。
少なくとも、
「ただ掻いているだけ」
と片付けるには、少し大きな問題なのかもしれません。
犬にとって「かゆい」は、どれくらいのストレスなのか
結局のところ、「かゆみ10ならストレス10」というような答えはありません。
犬自身に「どれくらいつらい?」と聞くことができないからです。
でも、研究から見えてくるものはあります。
かゆみは、
皮膚の状態だけでなく、犬の生活の質と関係している。そして、その負担は、
掻くという行動だけではなく、睡眠や日常の過ごし方にも現れる。
だから犬の「かゆい」を考えるときには、「どれくらい掻いているか?」
だけではなく、「かゆみのせいで、その犬の一日がどれくらい変わっているか?」
を見ることが大切なのかもしれません。
「かゆくない時間」を見る
犬は、「今日はよく眠れた」とも、「今日はあまりかゆくなかった」とも言ってくれません。
だからこそ、私たちが見ておきたいのは、症状そのものだけではなく、その犬の日常です。
- よく眠れているか。
- 落ち着いて休めているか。
- 遊べているか。
- 食事に集中できているか。
- いつもと同じように過ごせているか。
皮膚を見ることはもちろん大切です。でも、それと同じくらい、
その皮膚で、その犬がどんな一日を過ごしているのか。
そこを見ることも、犬の皮膚を考えるうえで大切なのではないでしょうか。
「かゆみをなくす」という言葉だけではなく、
「かゆくない時間を増やす」。
犬の皮膚を考えるとき、そんな視点も持っていたいと思います。
参考
① 犬のかゆみをどう評価するか
Development of an owner-assessed scale to measure the severity of pruritus in dogs
116人→166人の飼い主で、犬のかゆみ評価尺度を開発・検証した研究。
② かゆみと犬のQOL
Quality of life of dogs with skin diseases and their owners.
犬の皮膚疾患がQOLに与える影響を評価する質問票を開発した研究。
③ かゆみの評価尺度をさらに検証した研究
Further validation of a pruritus severity scale for use in dogs
713人の飼い主、408頭の皮膚疾患犬を対象に、かゆみ評価尺度をさらに検証した研究。
④ かゆみ・QOL・ストレス関連指標
Hair cortisol concentration, disease severity and quality of life in dogs with atopic dermatitis during lokivetmab therapy
アトピー性皮膚炎の犬10頭を追跡し、かゆみ、皮膚病変、QOL、毛中コルチゾールを測定した研究。


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